隋書東夷伝に曰く、『萌出處天使致書萌没處天子無恙云々』
(萌えが産まれる国の天使より、萌えが帰っていく国の天子にお手紙します、萌え萌えですか?)
日本の外交の第一歩とも言える『遣隋使』の派遣に際して、
時の摂政であった聖徳太子は、隋の皇帝である煬帝に対して、このような内容の親書を送ったとされます
当時世界の中心であった隋は、倭と呼ばれていた日本のことを、
属国の属国ぐらいにしか考えていなかった為に、この書を観て烈火の如く怒り、
「以後、このような野蛮人の無礼な手紙は持ってくるな!」と側近に告げます
しかし、煬帝はその書に記されていた『萌』という字に心奪われ、裴世清を派遣して
『萌え』とは何か、そして『天使萌え』である太子とはどのような人物かを探らせたと言います
これ以降、先進国である中国の文化が遣隋使によってもたらされる事となることは歴史で学ぶ通りです
このように、古代より日本は『萌え発信の国』であることは歴史が証明しています
さぁ『萌出づる国』日本の住人である皆さんも、日々萌えましょうではありませんか
それがこの国の文化の源なのです
今日は
ぼんくら更新されてると良いですねぇ
現在
まったりとお過ごしを